シャウベルガー及び内水理論

ヴィクトル・シャウベルガー
1885年6月30日生 -1958年9月25日没
オーストリア出身
オーストリアの未開のアルプスで森林監視員として働いていた。ある月明かりの夜の滝をマスが遡っていくのをみた。
その観察をきっかけに持ち前の鋭い観察力によって独学で技術者となり、
鋭い自然観察から「水の魔術師」と呼ばれ数々の驚異的な自然エネルギー技術を考案した。
東洋の陰陽思想や気の概念に通じる独自の生命エネルギー理論に基づいた水の浄化や土壌の肥沃化、有機農法のアイデア、廃熱・廃棄物ゼロの発電法などの技術がある。

ヴィクトル・シャウベルガーの「サイクロイド螺旋運動」理論とは
自然界の仕組をいかにして真似るか━━
「サイクロイ螺旋運動」原理が地球の未来を好転させる!自然界が持つ再構築原理の実用化を提唱!

「水は生まれ成長していくエネルギーの生命体、環境・生体系の均衡を崩せば、地球の血液である水は疲れ果て(死の水)となり、地球とすべての生き物は絶滅の危機に陥る。
自然の環境を正常化・活性化させる機能は水によってなされているのだ!」という理論。
自然の法則に適う《生きている水》の運動状態を如何に健康的にコントロールしたらよいか—–
水・森・自然界との共生の法則を知ること!だという

水の性質 
‥‥動き方と温度は水にとって、そのあらゆる生命にとっての、重要な条件なのである。静止した水は受動的である。
それは形が無く生命がないように見える。
然し動きはじめるや否や、多数の構造面が生じ神秘的な渦巻き状の小さな構造をいくつも作り出す。水の本質は動くことにある。活発になると生きた状態となり、動くことで、生命をもたらす潜在力が鮮明になる。
未熟な状態の水は貪欲にミネラルを吸収する存在であり、山の泉のように成熟してはじめて、環境が渇望する栄養を周囲にもたらすことができる。
水には記憶力がある。
水を飲めるようにしようと、無思慮に混入させた化学物質を除去して、「精製」水を作ったと思っても、汚染物質のエネルギーが残留しており、化学物質が物理的身体に悪影響を及ぼすように、わたし達のエネルギー的身体を汚染するのである。
その本質から、水は良くも悪くも、自らをすべて環境の為に投げ打つのである。
水は生命体のように振舞うというシャウベルガーを、世間は嘲笑った。しかし、成熟した状態に達するや、水は驚くべき特性を示す。活気がみなぎり健康になると、水は非常に独特な方法で脈動し、ねじれ、螺旋状に動いて生命力と純度を維持し、あらゆる生物のためのエネルギー経路として、また養分や老廃物を運ぶ存在として役割を果たすということを、彼は示したのである。  

―アリック・バーソロミュー著『自然は脈動する』P135~136より  

現在の水処理・塩素処理
公共の水は、水を脈動し、生きた状態に保つのに必要な注意を払って処理されることがないため、変質し、病原菌を引きつけてしまう。このため、当局は水に媒介される感染の危険から社会を守るために定期的に水を塩素で消毒している。塩素は強力な殺菌剤であり、善玉と悪玉も等しくあらゆる細菌を取り除くが、その状態が長期間続くことで、体内の免疫力を高める微生物を大量に殺しり、ひどく弱体化させてしまう。
塩素は高齢者の免疫低下の大きな原因となっている。医学の専門家たちは、塩素の量はきわめて少ないのでそんな害は生じないと言うが、彼らは塩素が体内の脂肪組織に蓄積する為に少量でも蓄積していくことや、体への影響を強めるホメオパシー的作用が生じることを考慮に入れていないのである。

「都市に住み、年中殺菌された水を飲まざるを得ない人間は、生命を生み出すという自然の定めた能力を持つ『生物』が化学物質によって強制的に殺されているという運命について、真剣に思いを巡らせるべきである。殺菌され、物理的に破壊された水は肉体的衰弱を起こすだけでなく、精神も退化させ、人間をはじめとする生物に一律に広範な劣化を引き起こす」
―ヴィクトル・シャウベルガー『我らが無益な骨折り』p207~208より

自然界の水は渦を巻き、脈動する「生きた存在」である
彼は、人類は、自然を意のままにしようとするのではなく、謙虚な心で自然を探求し、学ぶことから始めるべきであるという信条をもっていた
彼は、人類が神の役割を力ずくで奪い、環境を破壊することによって、自らの天命、過去から受け継いできたものを裏切っているのだと主張した。
従来の科学者はどうして道を間違ったのだろうか? 自然が働く様子を注意深く観察しなかったためである。そうしていたなら、ヴィクトルのように自然の法則を定式化してそれに従い、人類社会を環境と調和のとれたものにできたはずである。彼がよく言っていたように、「自然を理解し、真似る」ことが重要だったのだ。現代の科学者はそうはせずに、人類は自然より上位に立ち、何ら影響を被ることもなく地球の資源をやりたいように搾取できると考えているのだ。
彼は渓流のせせらぎや、そこに生息する川魚など、自らの自然観察に基づき、当時としては画期的な「内破理論」を考案。 「自然に抗うこと無く」をモットーとする彼は、従来の燃焼・爆発技術体系を退廃的として批判したうえで、独自の内破理論を応用した「トラウト・タービン」(吸引タービン)と呼ばれる超効率の発動機を開発した。

それは、野生動物のツノや、巻き貝等を参考にして作った双極螺旋形状のパイプに水を通し、その求心的な渦巻き流から生じる負性抵抗(負圧)を利用して作動する、「自己推進装置」であったとされる。 その為、始動時を除いて、全く燃料を必要としなかった
シャウベルガーの研究は反重力以外にも、農業など他分野に渡り、それらを社会に応用すれば、今日、人類が直面しつつある環境問題などは、たちどころに解決するといわれている。
自然界の水は4℃の温度(特異点)を中心にらせん状の渦を巻き、脈動していること、水は「生きて」おり、川ー土壌ー樹木に生命エネルギーを運ぶ、「大地の血液」であることを発見します。
ヴィクトルは、自然は水の脈動と渦巻きの力によって、たとえばサイクロンや台風のような、中心に行くほど莫大なエネルギーを発生し、しかし余分な熱も廃棄物もいっさい出さない、すばらしいクリーンエネルギーを生み出していることを知ります
 シャウベルガーは、効果的に水を運ぶためのパイプ、水路をも設計しています。水を殺菌するために塩素消毒をする事は最悪であり、フッ素を添加する事も同様である、と断じています。
シャウベルガーの技術の特長は徹底した自然観察にありました。「自然界において螺旋状の現象は数多く存在する(厳密には2次元のものが渦巻き、3次元のものが螺旋と区別される)。身近なものでは人間を含めた動物のつむじ、アンモナイトやオウムガイのような巻貝、蔓植物の蔓、ミクロの世界ではDNA、液体においては渦潮、気体においては竜巻や台風、マクロの世界では渦巻銀河などがある。
この渦流が川底に蓄積される堆積物を定期的に取り除くと同時に土壌から取り込んだミネラルや微量元素を渦流の中心部に抱えて運び、下流の土壌を肥沃にする。つまり、川の生命を維持し、周囲の植生を豊かにしているのは、この渦流なのだ。
自然を徹底的に観察していたシャウベルガーは自然な川の流れには渦流が作用して螺旋状に渦巻くように転がり回る事が出来てはじめて水の活力とエネルギーが維持できる事を知っていたのです。
水は「生きて」おり、川 ― 土壌 ― 樹木に生命エネルギー(東洋思想の「気」やプラーナ、また現代で言う「生命波動」「サトルエネルギー」と同様の力)を運ぶ、「大地の血液」であることを発見します。
この、水の生命エネルギーは「浮揚力」(反重力)をもっており、マスに滝を昇らせ、樹木の樹液を、科学的法則を超えて100メートル以上も引き上げます。
「公共の水は、水を脈動し、生きた状態に保つのに必要な注意を払って処理されることがないために、変質し、病原菌を引きつけてしまう。このため、当局は水に媒介される感染の危険から社会を守るために定期的に水を塩素で処理している。塩素は強力な殺虫剤であり、善玉も悪玉も等しくあらゆる細菌を取り除くが、その状態が長期間続くことで、体内の免疫力を高める微生物を大量に殺したり、ひどく弱体化させてしまう。塩素は高齢者の免疫力低下の大きな原因となっている。医学の専門家たちは、塩素の量はきわめて少ないのでそんな害は生じないというが、彼らは塩素が体内の脂肪組織に蓄積するために少量でも蓄積することや、体への影響を強めるホメオパシー(自己治癒力)的作用が生じていることを考慮に入れていないのである。」

都市に住み、年中殺菌された水を飲まざるを得ない人間は、生命を生み出すという自然の定めた能力をもつ「生物」が科学物質によって強制的に殺されているという運命について、真剣に思いをめぐらせるべきである。殺菌され、物理的に破壊された水は肉体的衰弱を起こすだけでなく、精神も退化させ、人間をはじめとする生物に一律に広範な劣化を引き起こす」

ー自然は脈動するヴィクトル・シャウベルガーの驚くべき洞察から引用


シャウベルガー理論シャウベルガーの技術の特長は徹底した自然観察にありました。
自然界において螺旋状の現象は数多く存在する。
早春の、月明かりの照らす産卵期の夜だった。危険な密漁者を捕まえようと滝のそばに座って待ち受けていたところ、何かがすばやく動くのに気づいた。だがそれが何なのかほとんどわからなかった。透き通った水面に落ちた月光は、よどみにいる大きな魚の群れの動きをことごとく照らし出していた。突然、下から大きな魚が滝に対峙するかのようによどみに入って来ると、群れは散り散りになった。その大きな魚は、他のマスを追い立てるかのように体をすばやくくねらせながらあちこちを激しく泳ぎ回った。
 その後、大きなマスは突如、溶けた金属のような光沢をもって落ちる巨大な滝の水流の中に消えた。円錐状になった水の流れの下で、一瞬、魚が激しく回転するように舞っているのが見えたが、そのときは、いったいどういうことなのかわからなかった。マスが回転をやめると、みじろぎもせずに上に浮き上がっていくように見えた。滝の下の上り口のところまで来るとマスは体を翻し、自分を強く押し上げて行くような動きで、滝の上部の向こうまでさかのぼって行った。そして速い流水の中で力強く尾を動かすと、姿を消した。
彼はこのマスのエピソードを、自らの思想形成にもっとも影響を与えたものとしてよく引き合いに出しているが、それは温度と動きが彼の理論と発見の源泉だったからである。

内水理論

内水護博士  

 ~2005年没 東京大学で火山学を学んだ内水博士は、1980年代の初頭、土壌生成に関する画期的な発見をしました。

内水理論

水が本来の自然の浄化が行われる時には、悪臭は発生せず、処理された水は土壌菌群由来の自然の抗菌性を有し、その水を摂取することは、土壌菌群と共生関係にある多くの動植物にとって有益である。
水は、必ず土との相互関係において存在するものである。
その土は、微生物との関係において存在している。
だから、自然界にとっての水、環境に負担を掛けない水処理、生物が摂取すべき水、どれをとっても、
この“水-土-微生物”という三位一体の関係を認識する必要がある。
普通、水中に微生物が存在することは、中毒の原因と考えられ、水道行政では徹底した塩素消毒が為されている。
しかし、土の中にも大気中にも土壌に由来する菌(土壌生成に関わる微生物群)は充ち充ちており、当然良質な水中にも存在している。
微生物群が水と共に摂取されることは、我々の健康に寄与することはあっても、決して害をもたらすものではない。
むしろそれらの土壌菌がいなくなることで、食中毒を起すような病原菌が蔓延る下地を作ることになります。
本来、「土壌」すなわち「土」とは、有機物が土壌菌群の働きで、重合・縮合して巨大分子化した反応生成物である。
この反応が起こるためには、安山岩や流紋岩等に含まれる珪酸塩が重要な役割を果たしている。
その結果として土壌菌群が化合物を含む代謝物を産生する代謝機能を起こすことで、自然の本来の浄化作用が行われる
…これが内水理論の概要です。